「天使の顔をした死神」と言われ、有罪になった彼女の結末とは

2007年から数年に渡って世界中を騒がせた一人の女性。アマンダ・ノックス。

そのルックスからついたあだ名は

「天使の顔をした死神」

彼女の美貌もあいまってヨーロッパ中で大きく取り上げられました。

さらに映画化もされ、日本でも公開されました。

そんな有名な事件を今回は紹介します。

天使の顔をした死神

2007年11月、イタリア・ペルージャにあるアパートで

女子大学生亡くなっているという事件が起きた

その姿は無残な姿であり、喉を刃物で切られ、遺体は裸だった。

事件の捜査にあたった捜査当局主任検事がまず注目したのは彼女の遺体にかかったシーツ。

検事「犯人は女性だと思いました。同じ女性として裸を晒されるのはかわいそうだと感じたのでしょう」

そして、検事は一人の女性に目をつけた。

被害者のルームメイトで第一発見者でもある
アメリカ人留学生 アマンダ・ノックス

事件当日、アマンダは彼氏の家で一晩を過ごし、朝方アパートに帰ってルームメイトの遺体を発見し警察に通報した、というのだが・・・

検事「アマンダはルームメイトが亡くなったというのに恋人と抱き合い、特に悲しんでいる様子はありませんでした。どうみても怪しい」

そして、現場に男性のものと思われる足あとが残されていたことから警察はアマンダの彼氏ラファエルも共犯の容疑で2人を連行し、事情聴取がはじまった。

新たな共犯者が浮上、事件現場に黒人男性の髪の毛が落ちていたことから
近所に住んでいた麻薬の密売人ルディ・グエデにも容疑がかけられた。

そして事件現場の指紋がグエデと一致

検事「アマンダとグエデは夜遊びの最中にでも知り合ったのでしょう。
あの女はグエデと自分の彼氏にルームメートの被害者を暴行するようそそのかしたんです」

警察は3人を逮捕。


左から グエデ、アマンダ、ラファエル

2009年1月 裁判が始まり、報道陣が山のように押し寄せた。

裁判で提出された証拠は2つ

  • 被害者のブラジャーの留め具からラファエルのDNAが見つかった
  • ラファエルの自宅で押収されたナイフからアマンダの指紋と被害者のDNAが見つかった

 

これらは重要な証拠とされた。

一方アマンダ側は、なんと警察がアマンダの自白を捏造したと主張。

アマンダに対し警察は「もしもあなたが事件現場にいたらどうしていたか?」と聞いた。

彼女は「もし悲鳴が聞こえたら怖くて耳を塞いじゃうわ」と答えました。

すると警察は ”アマンダは犯行中に悲鳴を聞いて耳を塞いだ” と、さも事実であるかのように記録したという。

アマンダは知らないうちに自白した事にさせられていた。

さらに、まだあまり読めないイタリア語で書かれた警察の専門用語が並ぶ書類にわけも分からないままサインさせられたと。

事件現場に残された指紋や足あとがアマンダとラファエルとは一致せず他の誰かのものであるということ。そしてもう一人の容疑者グエデとは知り合いでもなんでもないことをあげ、犯行を否定した。

しかし、結果は有罪判決

アマンダ懲役26年

ラファエル懲役25年

グエデ懲役30年

と、なった。

刑務所の中で失意に沈むアマンダ

だがその時、アマンダの故郷アメリカ シアトルでは彼女の無罪を信じる人達が裁判の見直しを始めていた

弁護士のアン・ブレムナーは提出された証拠が怪しいとにらみ元FPIの捜査官に現場検証の様子が撮影された映像を見てもらった。

元FPI「ヒドイものでしたよ。鑑識以外の何人ものの人間が現場に立ち入っていて血痕の上を平気で歩き回っていた。証拠の保全なんてあったもんじゃありません」

2011年10月 判決から2年後、犯行を否定し続けるアマンダの訴えが認められ
再び裁判が行われた。

その裁判では証拠品の再検証が行われた

ラファエルのDNAが付着していた、ブラジャーの留め具

これが ”発見されたのは事件から6週間後”

それまで現場に放置されっぱなしだったことが発覚。6週間も放置されていたものなど証拠にはなり得ません。事件後にDNAが付着した可能性が大いにあるからです。

犯行に使われたとされるナイフ付着していたDNAが微量。被害者のものだと識別できず、そもそも ”遺体の傷に対して大きさが一致しない” ことなどが判明した。

2011年10月 判決は一転

アマンダとラファエルは無罪

となった。事件発生から4年 ようやくアマンダは故郷のシアトルに帰ることができたが・・・

事件はこれで終わりではなかった。

なんと、イタリア警察が無罪判決を不服とし2014年に再びアマンダを訴えた。アマンダ不在のまま、イタリアで裁判が行われ、またしても有罪判決がくだされたのだ。いつイタリアに連れて行かれてもおかしくない状況にアマンダが怯える中

2015年9月 決着は最高裁の判決に委ねられた。

そして、イタリアの最高裁はこう言いました。

「全ての証拠を見直した結果、犯行現場の扱いがあまりにも酷く
証拠はいずれも認められない」

アマンダは完全に無実であると。

結局事件はグエデ1人による犯行だったのです。最初から指紋もDNAも一致したのは犯人のグエデだけでした。こうして事件から8年。

美しき死神とされたアマンダは冤罪という形で幕を閉じた。

その後のアマンダは・・・・・

事件に関する著書を執筆。

地元の新聞社でフリーライターとして働くようになりました。そして、自身の経験から不当に冤罪を受けた人々を助けるために弁護士になると決意しました。

また、そうした人達を支援する活動にも参加しているとのことです。

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